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Vol.3
まち タテモノ アート後編
鼎談
3
イラストレーター
黒田 潔
評論家
清水 穣
ユミコチバ アソシエイツ 代表
千葉由美子
竹田大輔
黒田 潔
イラストレーター。1975年東京生まれ。線画で描かれる動植物のアートワークで雑誌や本の装丁など、さまざまな分野で活躍を続ける。新宿サザンビートプロジェクトのウォールグラフィックで2005年グッドデザイン賞を受賞。東京都現代美術館「MOTアニュアル10」など国内外の展覧会に多数参加。作品集に『森へ』(ピエ・ブックス)がある。
清水 穣
1963年生まれ。美術・写真評論家、同志社大学グローバル地域文化学部教授。著書に『デジタル写真論』(東京大学出版会)『プルラモン 単数にして複数の存在』(現代思潮新社)など。訳書に『評伝ゲルハルト・リヒター』(美術出版社)、『ゲルハルト・リヒター写真論/絵画論』(淡交社)、『シュトックハウゼン音楽論集』(現代思潮新社)などがある。
千葉由美子
Yumiko Chiba Associates 代表取締役。青山の文化施設「スパイラルガーデン」の立ち上げに携わり、ロバート・ロンゴ展、デビッド・サーレ展などを企画・担当。その後、京橋にあったコンテンポラリーアートギャラリーのディレクターを経てアーティストのマネージメントを始める。2010 年にYumiko Chiba Associates を設立。取扱作家は高松次郎、デヴィッド・シュリグリー、ベアト・ストロイリ、鷹野隆大、冨井大裕、山城知佳子など。
座談会三回目。今回は、弊社で企画・環境デザインを担当させていただいていた阪急阪神銀座ビルが竣工したので、アートワークを担当した黒田潔さんを招いて「まち_タテモノ_アート」をテーマにトークします。
進行役はギャラリー・ユミコチバアソシエイツを運営する千葉由美子さん、同志社大学教授・写真評論家の清水穣さんを迎え、前編後編に分けてお送りします。

 

〔前編〕

はじまりは「アート・バーゼル香港」

竹田
千葉さんと僕の出会いは、アート・バーゼル香港(スイスのバーゼルで行われる世界最大規模のアートフェアの姉妹版)。Office.inの杉山かをりさんに紹介されてブースに寄ったら、壁に画鋲が200個ささった作品とか、白い液体をかけた作品とかを売りつけられそうになった時ですね。この二つを会社に飾っても掃除の方に捨てられちゃうとデイヴィッド・シュリグリーの「Untitled,2016」を購入したんです。

清水
最初に立体を勧められるってすごいですねww。
竹田
千葉さんが薦める作品はエッジが効いてましてね。でも会場ではコンクリートの壁を切り抜いた塊とかダンボールに描いた絵とかもあって。
千葉
全部いいと思って薦めているのに。今度はぜひ段ボールの作品を買ってください。
竹田
“絶対これ買わないだろ”っていうのを持ってきますよね。千葉さんは。
清水
挑戦してくるんですね(笑)。でもそもそも、なぜバーゼルに行こうと思ったんですか?
竹田
僕は若い頃からアートに対するコンプレックスがかなりあったんですね。それはアーティストだけでなく、デザイナーや建築家、クリエイティブな人々すべてに対してです。コンプレックスがある反面、「しょうもないな」という感情もあるんですね。例え彼らが作るアートに価値があるとしても、アーティスト自身のポジションや序列には無関係だと思うし、そういう態度が見えると「しょうもないな」と思う。それは今もあまり変わらないですけどね。
清水
自分自身がアーティスティックでありたいという思いは、建築家なんかも非常に激しいですよね。
竹田
ある会にプロダクトデザイナー喜多俊之さんが来られていてね。修行時代にお世話になっていたお華の先生に“竹田君は喜多さんを観察しておきなさい。あの人誰にでも笑顔で名刺配るわよ”って仰って。その様子を見たら、俺はまだ何もできていないのに“しょうもない”とか言って尖っている場合じゃないなと。その後、東京で仕事をするのですが意外にマンションや商業施設への商品企画としてアートコーディネートをする機会が多くてね、折角なので「そろそろアートを好きになってみよう」と思ってバーゼルに行くことにしたんです。
清水
最初にバーゼルというのはいいですね。好き嫌いをなくすには本当に美味しいものを食べればいいというように、最初に世界最大規模のものを見ておけば、あとはどこへ行っても楽しく見られるようになると思います。
竹田
まあそこで画鋲を薦められるわけですが(笑)。
竹田
空気感を失って久しい僕としては、こういう役割があるのか~と思いましたね。
千葉
空気感失っているんですか(笑)
清水
それはそれでどっしりしていていいですね。
竹田
どこの広告代理店さんも「闇の商人」みたいに言われますね。「お、今日も何か見たことないもないものを売りにきましたか?」と。しかし、会社にアートが飾ってあるので、クリエイティブ感が半端なく出ているという不思議な存在。
千葉
でもそれは幸せな印象ですよね。

竹田
会社にアートがあるとね、働いている人たちが自然と格好がつくんです。それを見ると何となくイラっと……。こいつら格好つけてるなーと。でもそれもまた面白くて“ええもんやな”と思います。
清水
でもそれはいい飾り方ができているんだと思います。作品が親離れせずにいつまでも作者が「俺が俺が」って主張している中では、人は暮らしてはいけないです。
清水
そうですよね。自分では気づかないけど人に言われて「やっぱりいいなあ」って思う。作品との距離はそれぐらいがちょうどいい気がします。
竹田
先日、千葉さんとも話したんですが、気にしなくなるんですよね。作品のことを考えるというよりは、ただそこにあるという距離感になる。
清水
それでいいと思うんですよね。「作品のコンセプトはこうで、ここの意味はこう」というのと、できあがった作品はまた別ですから。逆にコレクターの家に行くと、漫然とし過ぎていたり空間に詰め込み過ぎていたりして、よくないなと感じることがあります。
千葉
空間に飾るというのは、世界のコレクターを見るとDNA的なレベルでうまいなあと感じることもありますね。
清水
日本のコレクターだと難しいのかな。でも骨董をやっている人はやはり上手ですね。間を空ける美学ができている。骨董は昔の現代美術ですからね。
千葉
利休なんてまさにアヴァンギャルドですよね。
千葉
だいたい購入されたものは会社に飾っているんですか?
竹田
会社ですね。でも、アートが自然にそこにあるという環境になったことで、あんなにあったアートやクリエイティブへのコンプレックスが消えていきました。不思議ですよね。

千葉
所有するということは、すごく重要な意味を持つ行為だと思います。
黒田
自分の感覚で買うということは、すごく自由な行為ですよね。今はアートを買う理由がたくさんありすぎて、ある意味饒舌になりすぎるんです。それゆえに説明しやすい方向に流れて行ってしまう。しかも投資という尺度も出てきているから、誰が何と言おうと“これがいい”と言えなくなっちゃう。それがアートをつまらなくするという側面はあると思います。
竹田
多分、画鋲とか段ボールとか薦められてなければ、僕もつまらなくなったかも。
清水
“もっと変な物持ってこい”ってならないんですか(笑)
竹田
まともなものを欲しがるとすごく嫌な顔するんですよ。千葉さんは。
千葉
そんなことないですよ!
清水
竹田さんのその態度がある種の挑発になっているんじゃないですか?
清水
それぐらいでは面白いと思わないよっていうのがにじみ出ているんですよ。
千葉
そうです!それですよ。
竹田
嫌な男だな~、俺は。
全員
(爆)
千葉
でも作品を買って置くことで、自分を更新しようとする人はいますね。お医者さんと金融関係がすごく多い。ある金融関係の方に“何でそんなにコンテンポラリーが好きなの?”って聞いたら、作品の前にいると空っぽになれると。それで新しく考えられるようになるんだそうです。全身の血液を取りかえるような感じなのかな。
清水
若返りのための投資みたいな。
竹田
でも確かに、若い感性をアートで補いたいっていう考え方もありますよね。僕は年も重ねましたので20代の若さの感性を、アートで補いたいとい思っている節があります。

アジアのハブはいったいどこへ?

 

清水
しかし香港は(国家安全維持法で)大変ですね。アジアのハブが消えちゃいますよね。香港の代わりと考えると、台北も頑張っているけれど中国との関係性が同じだし、シンガポールは意外と不毛の地です。インドネシアは面白い作家やキュレーションのグループが出てきているけれど、現代美術の大きな市場の中心になっているかというとそんなことはない。
千葉
インドネシアの作家自体は国内のマーケットが10年以上前からできていますけどね。
清水
コレクターがちゃんといるんですよね。
千葉
彼らが10年前は50万円、100万円だったものを、1000万円ぐらいできちんと買い支えてきたんですよ。でもインドネシアのマーケットが欧米のように構築されないっていうのは、テイストがすごくはっきりしているんですね。南アジアの伝承とか、伝説とか、神話みたいなものをテーマにすることが多い。あとすごく社会的なモチーフも使わないと尊敬されない。
清水
だから香港は返す返す残念なんです。本家スイスのアート・バーゼルよりも、香港の方が日本のギャラリーは出しやすいですよね。運送費を考えただけでもそうだし、日本人も気軽に行けるじゃないですか。アジアのギャラリストが集まりやすいから、欧米中心の物の見方だと視野に入ってこなかったようなアジアの作家がフィーチャーされるようになるし、何よりも中国の優れた作家を香港のギャラリストが連れてきていて、それで自由に表現させていたという面もありました。それが一体どうなってしまうのか。
千葉
でも本当にM+香港(アジア最大級のビジュアルアート美術館。2021年にオープン予定)とかも困っていると思いますよ。
清水
一気にコンテンツが減ってしまいますからね。今文化大革命を話題にするだけでもやばい。『三体』っていうSFのベストセラー(劉慈欣〈リウ・ツーシン〉著。アジア人で初のヒューゴー賞を受賞)があるんですけど、英語版は文化大革命の思い出から始まるんです。でも中国版はそこがカットされている。まだそんなことが起こり得るのかって。
千葉
シンガポール、上海もすごく競っていたんですよね。でもシンガポールのアートフェアはいろいろやった結果無理だねとなった。あとドバイも入ったけど、遠すぎるんですよね。規制もあるし。上海は「ウェストバンド・アート&デザイン」が注目を得てはいますが。
清水
ドバイにも美術作品に1000万円出せるお金持ちはいるんだけど、やはり宝石や金が好きで、画鋲じゃダメなんです。本物の金の画鋲なら買うかもですが(笑)
千葉
あとはイスラミックだから、抽象はOKだけど具象的な作品はあまり受け入れられません。そういう縛りがなくて、しかも近場で、中心地にあるのが香港だったんです。それでM+ができるとなった時に、「もう香港だね」って。
清水
何でそれを中国政府が自分でつぶすのかなって。どんどん儲けてもらえばいいですよね。香港の人だけ税率が高いとかね。まだその方がいいと思うけど。実利を取るっていう合理性が見えないですよね。中国政府に。ちょっと一党独裁の悪さが出てき始めている気がしますね。日本も人のこと言えないですけどね(笑)

美術館におけるジェンダー問題

竹田
そういえば、「美術館女子」の炎上(美術館連絡協議会と読売新聞オンラインが企画したウェブサイト「美術館女子」がSNS上で批判された)っていうのは、あれはどういうことですか?
千葉
言い方そのものというよりも、常識的な普通の話だと思うんです。ジェンダー問題に取り組んできたキュレーターの小勝(禮子)さんもインタビューで“「○○女子」とつけた段階ですごくカテゴライズされていて、時代遅れだ。それが時代遅れでアウトだとわからないセンスがいただけないという話だ”と。私もそれはその通りだと思います。もうひとつAKBの子たちが着飾って、美術館の前で写真を撮るというのも……。美術館の中身に全然触れていないんです。
千葉
そうそう、結果的に写真集になっちゃっている。AKBが全面に出ていて美術館が出てない!って。だから美術館女子っていうのは「美術が好きな私が大好きな女の子」という構図になっちゃっているんです。そういう風にいろいろなところがズレているのがアウトだったんでしょうね。
清水
でもそういうのはズレるに決まっているのであって、それに怒る人というのは、すごく真面目ですよね。
千葉
それもありますけど、「美術館女子」って言っているのは前線を退いた5、60代の方々が、わいわいとやっているのかなと思ったら、けっこう30代の方とかがやっていたみたいで、もはや世界とズレちゃってる。それは興味深かったですね。
清水
ジェンダー・エクイティ(男女平等)、例えば美術展で参加作家が全部男性だとおかしいというのがありますよね。でも参加作家が全員女性という展覧会もあるわけで。それにも文句を言うべきなのかどうかとか。
千葉
その辺のバランスは難しいですよね。でも美術館女子の時にもうひとつ話題になったのが、美術館関係者って7~8割が女性だということ。でも決定権のある人たち、チーフキュレーターとか、館長の女性の割合が異常に少ないんです。
清水
確かに美術館の館長って、天下りじゃないけど、そういう感じがありますよね。名誉職というか。
千葉
だから美術界は8割が女性なんですよっていっても、1 ~ 2 割の男性に決定権がある。
清水
美術館長に定年ってないんだっけ?
千葉
美術館によって違いますが、大体70歳くらいまででしょうか。私立はないです。

清水
森美術館の片岡(真美)さんとか、今後は増えていくのでしょうけどね。
千葉
おっしゃる通り、最近ではブリジストン美術館がリニューアルしたアーティゾン美術館(2019年7月オープン)の副館長の笠原美智子さん。彼女は東京都写真美術館事業企画課長だったんです。
清水
それはものすごい飛躍だね。
千葉
あそこは企業の美術館でトップは企業の中の方だから、実質的に館長ですよね。14、5 年前は女性の館長って2 人ぐらいだったと思うんです。草薙(奈津子/ 平塚市美術館長)さんと、逢坂(恵理子/ 新国立美術館長)さん。今は、確かに女性館長が増えてきていて、今年の4月から横浜美術館は蔵屋美香さんになられるなど、逆に東京近辺は女性館長ばかりになりつつあるんですよね。
千葉
やはり東京にいろいろな権力が集中するからですかね。
清水
アートの世界ってそもそも均等じゃないですからね。まずは英語独裁。英語ができない人はアーティストになれません。英検2級ぐらいできればいいとは思うんだけど、とにかく相手の言うことがわかるほうが重要だと思います。喋る方は、アーティストだからヘタでもいいんですよ。でも向こうが言っていることをいちいち聞き直していると難しいですね。
竹田
熱意・思いが伝わらないですからね。
清水
もうひとつはやはり人種の問題。#BlackLivesMatter運動(白人警察官の暴行によってアフリカ系アメリカ人の男性が死亡した事件を受け、全米に広がった抗議デモ)などで人種間の課題が浮き彫りになっていますが、アートの世界では黒人の作家にも日が当たっているし、フリーのキュレーターでも活躍する人が出ていて、一見問題なさそうです。でもさっきのジェンダーの話と同じように、黒人の作家を選ぶトップのキュレーターは、1割の白人です。アートの世界っていうのは、ものすごく自由な反面、差別もある。ビッグに儲かるから権力闘争もすごいですしね。キュレーターの中にだってすごく野心的な人もそうでない人もいる。だから会うとすごく疲れることがあります(笑)
千葉
でもそういうことが目に見えるようになってきたのは、ここ10年ぐらいのことですよね。
清水
もちろんどこの世界にもそういうことはあります。でも「アートだから自由だ」と思って入ってきた人はまず失望しますよね。

1989年が世界的なターニングポイント

清水
アートの世界のすばらしさというものは確かにあるんです。人種や背景を越えて、感性で人を奇跡的に結び付けることはあるんです。だけど、もうちょっと業界に入っていくと、絶対に動かせない地層のようなものがあることにも気づくんです。

千葉
それはありますね。
清水
東洋だとか西洋だとかという区別は、やはり明確にあります。でも、それが変化するポイントになったタイミングというのもまたあるんですね。それが1989年。ベルリンの壁が壊れて天安門事件が起きた年に、「大地の魔術師たち」展(西洋と非西洋の区別なく世界中から100人の作家を選定。仮面などの民俗資料と作品とを併置して展示)や、「オープン・マインド」展(ゴッホ、シャガール、フランシス・ベーコンなど近現代の巨匠と、アドルフ・ヴェルフリらアウトサイダーアーティストの作品を多数展示した展覧会)が開催されました。70年代の終わりからポスト・コロニアリズム(西洋の帝国主義、植民地主義に対する反省的な態度)っていう文明批評が始まったんです。アートの世界ってずっと白人主義で、アルファベットの名前でなければならない。だから河原温さんも「かわはら・ゆたか」ではなく「KAWARA ON」と名乗らないといけなかった。
千葉
海外で高い評価を得ながら、河原温の個展がグッゲンハイムで開かれたのは亡くなったあとの2015年でしたね。
清水
89年というのは、いわば戦中派が引退して世代交代が起こった時期なんです。白人・男性中心主義だったのを批判するポスト・コロニアルの動きが次から次へと起きて、それがアートの世界に浸透したのが89年ぐらいです。アート・フェスティバルで全員が白人男性作家なんてありえないという流れになれば、黒人、アジア人にもチャンスができる。
千葉
バランスを取らなければならないという流れになったんですね。でも、今のジェンダー問題にも通じますが、地層というか、核の部分は見えにくくなっただけでやはりあるんですよね。
清水
89年で世代交代が起きて、アートの世界の構造も変わった。それが日本人作家にとっても追い風になったんですね。それ以前は誰も、有色人種がいないとか、女性がいないとか誰も考えなかった。それに比べたら国際的になったし、自由になった感じもします。だから「アートをやりたい」という若い人の初々しい気持ちもわかる一方で、アートに対して失望をするのもまた重要なのではという気がします。
竹田
僕も若かりし頃はギャラリー巡りみたいなことをしていたんです。そこで「売れるギャラリー」と「そうじゃないギャラリー」があることに気づきました。“あれ、アートも他の経済と同じなのでは?”ということが何となく見えていきましたね。
清水
それは明確にありますね。バーゼルでもディーリング、つまり高く仕入れてもっと高く売るというようなことがありますよね。
千葉
近年は特に、投資という側面が強くなりましたね。
清水
そう、リーマン・ショック以降、アートはまた少し変わったんですよ。不動産とか株券に自分の財産を分散させていた人が参入してきた。骨董品と芸術作品っていうのは値下がりしないということに気づいたんですね。200万円ぐらい自由に使える人だったら損はしないです。だから自分の財産を、例えばリヒターの作品なんかに使えば、亡くなったらまた値上がりするわけです。10億が20億になりますからね。

千葉
それはもう、2010年ぐらいから特に顕著ですね。2008年から開催されていたアートHKの名前が変わって、アート・バーゼル香港になったのが2010年。アートの投資としての価値はその間に高くなったと思います。24、5年前なら河原温の作品は小さいものなら200万円ぐらいだったんです。それが今は一桁違いますから。
清水
そういえば河原温の≪today≫シリーズで日めくりカレンダーとか作ったら売れると思うんだけど(笑)。
竹田
それは誰に提案したらいいんですかね?
千葉
さすがにそういうイジりをできる人はいないと思います(笑)。でも、20年やそこらでひとケタ増える世界がアートにはあります。
清水
そのおかげで、拝金主義になっているという面もあるんですよね。
千葉
そのお金がアートに流れているから、作家が自由に創作できるわけですよね。
清水
確かにそれも無視できません。しかし経済活動としてやはりすごいんですよ。お金儲けが好きで、合理的な判断ができる人というのは、アート売買の現場はよくわかるはず。

アートは本当に“自由”なのか?

千葉
先ほど“アートは自由”というお話が出ましたが、表現の自由なんてないと私は思うんです。映画『イージー・ライダー』の中に“人は自由が好きだが、自由な人のことを許さない”というような意味の台詞があるんです。自由な人って、妬まれるし異質なんですよね。それでラストで、主人公たちは上流階級の白人に意味もなく撃たれてしまう。
清水
あんまり暗い映画だから一回しか観てないですけど、確かにそうですね。
千葉
人は完全に自由ではいられない。枠とか縛りっていうものは必ずあるということだと思うんです。むしろアートの世界では縛りや枠があるからこそ作品が生まれるのであって、完全に自由だと何も生み出せないんじゃないかとも思います。
清水
その一方で、やはり社会や人には、攻撃的な表現でも何でも「やればいいじゃん」という器の大きさは必要だと思います。日本は「そのあたりは相手を傷つけないよう考慮しましょう」となってしまいますよね。実はソーシャリー・エンゲージド・アート(社会的な価値観を変革するアート)って、本当にアメリカ政府だとか、どこどこの政府が怒るようなものってそんなにないんです。例えば南米で大自然が消えて地球温暖化が進んでいるということを訴えれば、どこでも「ああ、それは問題だね」ってなるんです。でも直近の、触られたら嫌な問題ではないじゃないですか。だから表現の自由に対する縛りって、どこの国にもあると思います。基本的には英語に変換されにくいドメスティックな問題っていうのは、テーマにしづらいです。
清水
そうですね。確かに意味性と表現が本当にリンクしている時は感動するんです。でもそうじゃない場合はただのビデオ・ドキュメンタリーだから。「内容をA4に整理して配ってください」ってなりますね。この間の上海ビエンナーレ(2018年)もそうだし、ドクメンタ(ドイツ・カッセルで5年に一度行われる国際美術展)がその流れを決定的にしましたね。1本3時間とかあるから大変ですよ。イタリアの自然破壊とか、麻薬の三角地帯の話とか。でもふと気づくと、ドイツ政府やアメリカ政府がいちばん嫌がる話は出てこない。でも昔ハンス・ハーケというコンセプチュアル・アーティストがドイツ銀行を批判する作品をつくったんですね。汚いところに融資しているというような。そしたらその作品をドイツ銀行が買っちゃいました (笑)
千葉
統合したらこっちのものっていう感じですよね。
清水
だから売らないという人も出てくるというわけです。でも売らないと生活ができない。そこで問われるんです。あなたがアーティストとして生きているこの社会は、そういう汚い部分もあるんですけど、そこを正常化したらあなたはアートでできないんじゃないですか?と。どんなに批判されても構わない、丸ごと買ってやるというそのドイツ銀行の姿勢はシニカルで面白いですよね。
清水
日本でも、中国でも、成熟していない社会の企業は、そんな真似はできないでしょうね。
千葉
それは仕方ないです。でもアート業界が自ら作る不自由さもあると思います。例えば、アートの人たちはチーム・ラボをあまり受け入れないじゃないですか。
竹田
あー千葉さんの天敵(笑)
千葉
違いますよ!何でも受け入れられるのがアートのはずなのに、どういうことだろうって思うんです。「アート」とそうでないものの境は何でしょうね?
清水
だからやはり、アートに幻想を持ちすぎるより、若い人には一度失望した方がいいよ、その上で楽しもうと伝えたいですね。
竹田
確かに。コロナでクリエイティブな仕事は世の中から消滅しました。それは失望できるチャンスであり「楽しもう」と変われるチャンスなんでしょうね。
千葉さん・清水さんの濃いアートなトークで始まった座談会。後編では黒田潔さんとの阪急阪神銀座ビルのアートワークで感じた「まち_タテモノ_アート」を中心にトークします。  →→→後編に続く